障害者と触れ合うことー非言語コミュニケーションが教えてくれるもの

うぃ〜〜

京都の夏は人を殺しかねん!狂っている!

「そうだ!狂都に行こう」

でもやっっっっと涼しくなってきましたね!
朝は。

さてさて、今回は障害者と触れ合うことの大切さを記事にしてみたいと思います。


メルクマールの流用の弊害

僕は標語を中心に活動している、重度の知的障害者・身体障害者の外出支援ボランティアの運営に携わっています。

その中のひとには、車椅子の方はもちろん、言語がすごく聞き取りづらかったり、そもそも言語を喋れなかったりする人もいます。

でも、その人たちは、健常者と変わりなく、僕の友達です。
そもそも、「障害者」という認識もあまりありません。

なぜか。

企業における社員評価のメルクマールは労働生産性でしょう。そういう面では彼らは「障害者」なのかもしれません。しかし、友達のメルクマールはそうではないでしょう。

「居心地がいいかどうか」のはずです。

しかし、一日のほとんどを「労働生産性」が問題になる会社で過ごしていると、会社を離れても、障害者かどうかのメルクマールを深く考えず、「労働生産性」と考えがちです
(メルクマールの流用)。

現代人には「何が障害なのか」を深く考える時間がないほど多忙なのです。


非言語コミュニケーションが教えてくれるもの

そのボランティアグループで障害者と健常者が一緒に計画を立てて、企画を行う時のテンションはめっちゃ高い!そして笑いも絶えません!

言葉が聞き取りづらかったり、そもそも喋ることができない人。その人たちは教えてくれるのです。

「言葉」という普遍的ツールが阻害する個人の「感情」の表し方を、表情やリアクションで。

そこには、健常人同士の変な探り合いはありません。
ただ、嬉しい、楽しい という感情があるだけです。
そして、僕もその渦に巻き込まれて、感情を思いっきり出せるのです。


非言語コミュニケーションの大切さなどを教えてくれるワークショップなどありますが、そもそもそれが言語コミュニケーションを軸としています。

そのようなものにお金を払って参加するより、障害者のコミュニティに思い切って突っ込んでみてはどうでしょう。

初めはびっくりするかもしれません。

しかし、慣れると 本当に大切なものを貰えます。

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