医者は本やフォルダでしかない

みなさん こんにちわ。

先日、霊学の治療を受けて「頭からは天使の光が降り注いでいる。しかし、下半身がグランディング(地に足がついてない)できていない。根菜類とか食べて地のパワーを補給して下さい。」と言われた 吉田です。

全くその通りで爆笑

頭でっかちで行動が伴っていない、ということは事業を支援してくれる人に何回も指摘されていたので

おぅーん(咆哮)

まあ、実践主義に軸足を移したばっかなので、今から変わってくる予感がするぜぃ。楽しみ〜。

さて今回の記事は少し短めに、お医者さんの判断と自分の判断について書いていきたいと思います。


医者は本かフォルダ

専門家は、「実践者」の高位に位置する人を言います。

例えば、禅の専門家は実際に禅の修行をしています。
投資家は実際に株式を買ってポジションを取っています。

つまり、専門家には実践したこと、言い換えれば当事者としての経験が必要なのです。
自分が体験していないことについて語るのは机上の空論であり、生きた言葉には決してならず、ゆえに生きた人間を動かすことはできないからです。

その点でいえば、医者は専門家に必要な「当事者性」を欠いています。多くの人は「お医者さんが言っていたから」という枕詞をつけますが、彼らは精神疾病や難病になった経験がありません。
それは「知っている素人」が言っているから、という言葉と同義なのです。


試行回数の多さに依存する

医者は専門家に必要な「当事者性」を欠いているがゆえにその「アドバイス」は単なるググって得られる知識となります。

そのような医者の3カ月に1回の診断に従うということは、非常に危険かつ効率が悪いです。なぜならメソッドが一つに限定されているため、トライ&エラーが実質上、行い得ないからです。

全ての事象に対する解への道筋に早く行き着くには、試行回数の多さに依存します。

自分で毎日、自分で判断して自分でフィードバックを得る自己治癒を試す方が トライ&エラーの数の分だけ正解への道筋は近いのです

医者の中でも立派は人はおられることは存じていますが、
患者は医者を主語にして喋るべきではないのです。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です