誤魔化しの論理、本当の感情

最近、事業がやっと動いてきた感じがするのと同時にプレッシーを受けている 吉田です。
一般社団法人になるのに、友人の印鑑証明が中々取れんでいる!

一歩づつ一歩づつ進んでいけばいいんです(自分への励まし)

今日は時々遊びに行かせて頂いている放課後ディケアサービスで、子供達から学んだ 誤魔化しの論理、本当の感情について記事書いていきたいと思いますよ〜


子供達はそれだけしかわからないゆえに見抜ける

僕は15歳から筋肉系の病気を持っていて、少し体調管理を怠ると体全体が倦怠感に包まれてしまいます。

それでも、僕は言語操作が得意なので大人相手ならもっともらしい、難しい言葉を論理的に繋いでその場を「やり過ごせます」。

ただ、子供達はその「論理」がわからない。そして「論理」がわからないゆえに人の抱いている「感情」に対してすごく敏感です。言葉を喋れない障害者の方も同様ですね。

だから、僕が体調悪くてちょっと倦怠感を覚えていると、子供達は会話の中からそれを見抜いてしまいます。
具体的に表現すると、僕が倦怠感から人に対するコミュニケーションに「不安感」を抱いていることを見抜き、その子自身も「不安感」を出してしまうのです。


一般社会においても

まあ、なんということでしょう。僕の「感情」は子供には隠せないようです!

でも一般社会においても、本当に信頼できる人って「感情」が丸見えな人な感じがしませんか?

空気を読むとかそんなんじゃなく、ただ「感情」の赴くままに生きている人。

そんなの社会が許さない!という反論があると思います。

でも、僕はそんな「社会」がおかしいのだと思います。
だから、社会を抜本的に変えるために、社会の起点となる
「教育」を変えたいのです。

一般社会がもっと自分の感情を出せるような世界になるように

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