自己表現へのアクセシビリティの変化ー(中山さん記事)

 

ごあいさつ

皆さま、初めまして。プロボノとしてALTERで活動することになりました、中山です。オルタナティブスクール、サードプレイスがどのような方々に求められ、利用されているのかを含め、まだまだ知識や経験はありませんが、私なりに感じたことをこの場でつづっていきたいと思います。

 


絵が上手でなくてもデザインはできる時代に

およそ20年前になりますが、私は大学を休学してデジタルグラフィック系の専門学校に通っていました。3DCGやAdobeのPhotoshop、IllustratorなどのPCソフト、Web制作の習得がメインです。生徒は社会人(脱サラ含む)やフリーターがほとんどで、私のような学生は少数派です。それぞれいろんな思惑を持って専門学校に入ったとは思いますが、みんながぼんやりと思っていたことは、「これからはデジタルの時代や」ということでしょう。グラフィックデザイナーとかWebデザイナーという職種がもてはやされ始めたのもちょうどこれくらいの時期(その頃の映画やテレビ、CMでもCGを使った新しい表現方法がたくさん現れました。ディスニーアニメがフルCGになったのもこの頃。)だと思います。※当時はこんなMacを使っていました。

懐かし~。

その中での特徴的な気づきに、概して全員絵が上手いというわけではなかったという点がありました。とはいえ、卒業制作(過去の卒業生の作品含め)はプロ的なクオリティのものもあり、これをもって制作会社へ売り込みに行く人もおられます。デジタル黎明期だったということもありますが、ひとえにデジタル化の恩恵によるものだと考えます。(学校ではアナログ的な基礎が不可欠だからデッサンはしろ、と口酸っぱく言われていました。)


脳内を表現する手段へのアクセシビリティが向上

「習字→ワープロ」のように、美しい文字を紙へ表現するために筆づかいやらの動作による修練にかかる時間が格段に短縮されました。文字の美しさについてはワープロでは「級」「段」の概念はもうありません。同様の現象はグラフィックなら「写植・アートワーク→DTP」、音楽なら「演奏・アレンジ→DTM(打ち込み)」という変革がデジタル化によってもたらされ、専門的技能が素人の手が届く範囲へと広がったと言えます。専門的技能を分解して考えると、手指・身体の動き、師匠による口伝とその理解、特殊な道具、習得に費やす時間、これらの要素が必須で、いくらアイデアや表現願望があったとしても、いずれかが不足していると達成できるものではありません。デジタル化がそこからいろいろハードルを取っ払っていきました。PC、アプリ、プリンタがあれば、マウス操作ひとつで店舗のPOP程度のグラフィックデザインならすぐにできてしまうことは皆さんもご理解いただけるところだと思います。しかもPCやプリンタは汎用的なので、投資も比較的しやすいです。技術的な情報(この頃は掲示板がメイン)もWEB上で入手できます。遠くの専門店に行って、何種類も絵具や筆をかつ必要もないし、画面上でなら何度でもやり直しができるし、「技は見て盗め」的な師匠(いたのか?そんなの)もいらない。つまり、脳内のアイデアをデザインで形にする作業へのアクセスシビリティが格段に向上した、というのが今なのです。PCの性能も上がり、コストもずいぶん下がりました。

 


大多数の被義務教育者との差別化

オルタナティブスクール、サードプレイスを求める方々の一部には、文字を書く、絵を描くといった動作自体が、いわゆる通常の人と比べて困難な方がおられると思います。PCなどのツール環境さえそろえば、そんな方でもデザインは可能な社会になっているわけです。現在の義務教育の中では、専門的なグラフィックツールを学ぶプログラムはありません。ワードなどでもある程度のデザインは可能ですが、よりプロ的なデザイン、精細な表現をしようとするとAdobe系などの専門的なツールが有利ですし、素人との差別化が可能になります。これからの世の中をサバイバルしていくためには他者との差別化が重要です。大多数が受ける義務教育との差別化ツールのひとつとして、義務教育の「美術」という枠組みの中に、オルタナティブスクールではこのようなデザインツールが選択肢として存在すると有効に機能するのではないかと感じています。

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