レポ記事と僕の発達障害診体験記:発達障害をテクノロジーで乗り越える  SingularityU Kyoto

おばんです。
今回は当事者である発達障害と興味あるテクノロジーの記事というこで、かなり長い記事になります!

先日 SingularityU Kyoto “Xtrepreneur Mesh Up” #2 に行ってきました。
https://sukyotomeshup02.peatix.com/

SingularityU(以下SU)
は世界的に有名なシンギュラリティ(技術特異点)を研究する、物理的プラットフォームを持つわけではない教育機関。

Impact Hub Kyotoにてよくイベントを開催しています。
だいぶ前にSUの記事も書きましたね。

正直、ゲストが豪華で 1,000円で参加できるイベントじゃない!

それを7人ぐらいの少人数で、アントレプレナーに直接質問なども出来るのだから なんとも希少なイベントです。後参加者の皆さんがみんな面白い。

スピーカーは、HoloAsh, Inc.の岸慶紀CEO。
HoloAshはサンフランシスコに本社を置くスタートアップ。 米国で急増するADHDのためのAI Therapyを開発することで、目には見えていないが、被害を被っている方々を救います。 代表自身がADHDということもあり、彼自身が当事者として問題意識を持って取り組んでいます。2018年4月に会社は出来たばかりですが、Health2.0のLightening Pitchで優勝するなど、今AI×ヘルスケアで注目を集めています。

発達障害の自助会を開いている身としては、テックでどこまで発達障害の問題にアプローチしているのか非常に興味あることもあり参加してきました。

以下、うろ覚えながらレポ


社会が発達障害者を構造的に増やしている

岸さん曰く、米国で使われているADHDの薬のアデノール(日本では聞いたことないけど、コンサータみたいなものと思われます)は、化学式で表すと完全に「覚せい剤」とのこと。

まぁ、それはコンサータ使った人なら分かりますよね。コンサータを処方しない方針の医師の方とお話ししたことがありましたが、同じことを言っていました。

しかもコンサータってすごい高い。1ヶ月で5,000円程度(もっと高かったかな?)、保険外適用。

岸さんはADHDの人が増えているとおっしゃっていました。
そして、それは「製薬会社の意図」に沿ったものとの見解を示していました。

これは後述するように、「ADHDの父」と呼ばれるレオン・アイゼンバーグの「ADHDは作られた病気の典型的な例である」見解と一致していますね

僕の見解も同意ですが、その意味を分かりやすく解説する為に、自身の発達障害診断体験記を交えて話して行きましょう。


吉田の発達障害診断体験記

僕の診断を受けた経験からくる見解は
「被診断者の心理」「医者の診断のラインが滅茶苦茶緩い」
ことが根本的にADHDの人の増加に繋がっている というものです。

順をおって話して行きましょう。

発達障害との出会い

僕は27歳のときに発達障害の診断を受けました。

初めの診断は、京都で有名なクリニックに行ったのですが、言動からどう見ても診断経験が浅い若い女性に、自分が過去に行った衝動的・多動的・不注意のエピソードを集中的に聞かれました。

僕は小学生時代やんちゃでしたし、大学時代プロレスをやっていたり、整理整頓が苦手だったり、傘を95%の確率で忘れたりします(だから傘は基本買わない)。
それでも、宿題を忘れることはありませんでしたし、授業中にウロウロすることなどはありませんでした。

女性の診断士さんは、きっちりしたところは聞き流す感じで、やんちゃエピソードや、プロレスをやっていたことにめちゃくちゃ驚きながら、シートに何やら丸をつけていきます。

僕はこどもの頃のやんちゃエピソードをなんとか見つけるのに必死でした。

その心境が今なら分かります。

そもそも、クリニックに診断に行っている人は「自分はグレーなんじゃないか」という思いを持って行っています。
加えて、「もし自分の嫌なところが薬で治るなら黒と診断してもらった方がいい」とも思っています。

それならば、黒と判定されそうな誘導的な尋問に対しては積極的に自分のエピソードを合わせに行くのが自然ってもんです。

そして、たった1時間半の女性のヒアリングの後に(テストは何もなし)、
先生に会った瞬間に言われた第一声は「あなたは典型的なADHD!薬を出すね!」

今なら「1時間半のヒアリングなんかでそんなことわかるわけないだろ」って言うと思います。
しかし、その時の僕は仕事にもエラーが出ていましたし、上司からも薦められて行っていたので 「これで治るなら」 という思いが強く(別に自分が発達障害かどうかはどうでも良くて薬が欲しかったのです)、すぐに診断を受け入れました。

初めの処方薬は「ストラテラ」 1ヶ月1万ぐらいしたんじゃないかな・・・

 

診断的治療:逃れ得ない罠

しばらく飲んでみるも、2ヶ月たっても効果なしそこでもう一度、クリニックに行くと「効果が出るまで待ちましょう」とのこと。
もう一つのコンサータを試してみたいといったところ、「それは出せない」とのこと。

そこで僕は質問します。
「なぜ(あの雑な)診断で僕がADHDだと断言できるのに、薬で効果が出ないことによって、その診断が覆ることはないのですか」

医者の答えは「診断的治療だから。」
診断的治療とは、「病気の診断の検討をし、それに対する治療をしながら経過を観察し、その治療で効果がみられたら、やはりその診断が正当であ ったとする診断・治療の方法」のことです。

僕はそこで医者を見限りました
なぜなら、「ADHDの診断を受けにきている人」「医者」「製薬会社」 3者の関係性が見えてきたからです。

3者の関係性

ー上述したように、ADHDの診断にきている人の多くは現実の問題から一刻も早く抜け出したいため、「黒の診断を受けることを期待」しています。
誘導的な質問には過去の経験からなんとか「ADHD」に該当するようなエピソードを抜き出してきます。

医者は高い薬を出せば薬価差益(薬の仕入れ値に病院の利益を上乗せすること。)が増えるので、当然値段が高い薬を出すインセンティブが働きます。

製薬会社は「営利企業体」です。精神疾患の患者が増えるほど、薬をたくさん売ることができます。

つまり、診断に関わる3者の望むことが一致してしまっているのです。

ADHDは「作られた病である」という強い仮説がたったのです。

ちなみにそのときは知りませんでしたが、参照記事として、「ADHDの父」と呼ばれるレオン・アイゼンバーグ氏は亡くなる7カ月前のインタビューで「ADHDは作られた病気の典型的な例である」と述べてしまっています。

結局、別のクリニックでセカンドオピニオンを受け、僕は臨床心理士のテストを受けました(心理系の民間資格で最も難関、ちなみに心理カウンセラーは資格が必要でないため「誰でも」名乗れます)。

3回のWAIS検査を受け、「強いストレス下にあると脳のリソースがそこに割かれ、ADD(つまり、注意散漫になりやすい)的な傾向が顕在化する」という診断を受けました。

その先生は本当に親身に診断をして下さったのでそこまで問い詰めませんでしたが、「強いストレス下にあると脳のリソースがそこに割かれ、ADD(つまり、注意散漫になりやすい)的な傾向が顕在化するという論理って、そもそも定型の人に当てはまりませんか? ADDという言葉を抜いたら当然のことを言っているだけなのでは?」 と問いかけました。

先生の答えは「イエス」。

さらに質問。
「定型にも同様に当てはまるのなら、僕が発達障害と診断されたのは、自身を発達障害と疑ってクリニックに来て、その文脈で診断を受けたからであって、結局僕を発達障害と定義づける唯一の理由は「クリニックに来たから」しかないのではないですか?」

先生の答えは「ノー」
僕は先生の真摯な診断に感謝してそれ以上は何も質問しませんでした。

そして、結局僕はADDという診断を受けることになりました。

たどり着く結論

自身の体験記が少し長くなりすぎました。
結論を述べましょう。

発達障害の診断に先述した「診断的治療」という手法が取られている以上、「一旦発達障害の疑いの診断を受けたからには、薬の効果が出なくても、一生発達障害として扱われる」のです。

「ADHDの父」と呼ばれるレオン・アイゼンバーグ氏のいう通り、発達障害は、関係者の構造をメタ的に見ると、「作られた病気の典型」なのです。

 


岸氏のサービス AI Therapy

岸氏のサービスに戻しましょう。アメリカでは学生の25%がアデノールを服薬しています。

そして、なんとハーバード大学の50%がアデノール服薬者です。
なにが彼らをそんなに駆り立てるのかというと
「アデノールの覚醒効果によってテストで良い成績を取る」というもの。
テスト前に服薬し、テストが終わったら副作用でぶっ倒れる。

まさに「覚せい剤」ですね。

アメリカ全体に目を向けると、4,400万人が精神疾患を抱えているとのこと。
しかし、その中でメンタルクリニックへのアクセスコストが非常に高いのがアメリカの現状らしいです。

まず、予約が取れない そして、金額が非常に高い(4分ごとに、200〜300ドルだっけか?間違ってたら岸さんすいません!あとから正確にヒアリングします)。
確かに、貧困層には絶対に手が届かないですね。

そこで、岸さんは、AIでセラピーができるアプリを作った。
これが紹介動画

chatboxというアプリに今は力を入れてらっしゃるそうです。
ユーザ使用数はアメリカで急増中とのこと

名前は「Nao(ナオ)」。

最初に自分の今の感情を選択して、自分の今の気持ちをNaoに向かって話す。すると自動的に話した内容を書き起こししてくれる。このコメントをプライベートにするかオープンにするか選択でき、投稿毎に名前が変化する。アカウントというものが存在せず、すべて匿名であるので弱音が吐きやすい状況にしている。

人間のとにかく気持ちや言葉を吐き出したい欲求にはAIチャットボットが対応して、ディープな悩み相談には人間が応答するという。当然ここもボイスチャットなので血の通ったコミュニケーションで相談者の心にじんわりくるようになっているそうです。

「音声チャットにはテキストにない深いコネクションを感じることができる良さがある」

また、キャラも複数あり、異なる性格を持つAIキャラは、現在3人いるようです。

岸氏の理論によると、穏やかに会話を進められる応答の条件には

・共感の表現をする
・ギャップの理解
・議論は避ける
・自己効力感を上げる

といったものです。
これがユーザーのモチベーションを引き起こすのを手伝ってくれるとのこと。
つまり、チャットによる表現(アウトプット)→自己の問題を言語化していく→自己発見に繋がるというものです。音声から感情を読み取ることも進めているそうです。


岸氏のサービスが「自助会の限界」を超えるか
現在、発達障害の「自助会」は各地で増加傾向にあります。
僕自身、日本で一番大きい発達障害自助会団体さかいハッタツ友の会の中の京都の分会のあいしんくリーダーとして自助会を主催しています。

岸氏のいう、表現(アウトプット)→自己の問題を言語化していく→自己発見に繋がるということは、僕自身が自助会で歩んで来た道でもありますし、自身が主催する自助会 あいしんくのポリシーと同じです。

過去の記事でも書きましたが、コミュニティでアウトプットをし続けて行くことによって、自分をメタ認知できるようになるのです。自助会の存在意義を僕はそう捉えています。

・共感の表現をする
・ギャップの理解
・議論は避ける
・自己効力感を上げる

も、あいしんくの母体団体であるさかいハッタツ友の会での各リーダー遵守する規約で同様のことが書かれています。

自助会は物理的プラットフォームによって行われますが距離的な制約は付きまといます。

この問題は、京都の丹後で北近畿ムーンという自助会を開催されているKay氏と一度話したこともありました。

岸氏はそれを「AI」「アプリ」というテクノロジーを使うことによって、距離的な制約を取り除こうとしています。

では、岸氏の現在のchatboxのサービスが「自助会の限界」を超えれるか

前提として言っておきますと、岸氏のサービスが発達途上であることは承知していますし、岸氏の事業も非常に社会的意義があるものとして応援しています。

しかし、結論として、難しいと思います。

なぜか。

AIキャラは「人生の文脈」を持っていないからです。
AIにはなく、人間に固有にあるものとして「人生の文脈」があります。

AIのキャラは次の瞬間には生み出すことができます。
しかし、人間は様々な偶発的事象を積み重ねてきてやっと今に至るという「人生の文脈」があります。

発達障害の当事者にも、発達障害のエラーで苦しんだ「人生の文脈」があります。
自助会のリーダーも当然、発達障害のエラーで苦しんだ「人生の文脈」があります。

そして、何より秀でたリーダー・自助会のアドバイザー的参加者に必ず共通するのは、発達障害のエラーを現実の試行錯誤によって今の自分を認めることができるようになった、という「文脈」があります。
ファシリテーションのベクトルは少々違えど、必ずこれは共通する要素だと、断言できます。

・共感の表現をする
・ギャップの理解
・議論は避ける
・自己効力感を上げる
ためのダイアログは、最適にプログラムできそうに見えます。

しかし、参加者にとっては、そのダイアログ自体が「刺さっている」のではありません。

自助会の参加者に刺さっているのは、自助会のリーダーや他の参加者の発達障害のエラーで苦しんでもなお現実の試行錯誤によって今の自分を認めることができるようになったという「人生の文脈」の上に成り立ったダイアログやテーチングなのです。

自助会でよく言われることですが、「医者があなたを救うのではない」 ということです。
なぜなら、「当事者」としてのエラーの経験がないから。

皆さんは、
禅の修行をしたわけでもない禅僧の講義を聞けるでしょうか?
陶芸家でもない人の陶芸評論に耳を傾けるでしょうか?
投資の失敗経験のない投資家のアドバイスに従いますか?
起業したことのない人の起業論に耳を貸すでしょうか?

医者は「西洋医療の中での知識」があるだけで、エラーの苦しみを知りません(しかも西洋医療の中では発達障害の原因やその直し方も判明していません)。医者の方全員を否定するわけではありませんが、彼らは本やフォルダみたいなもので、単なる参考資料にしか過ぎません。

参加者に刺さるダイアログが成り立つのは、「当事者」としてエラーした経験という「文脈」があるからです。

ところが、現在のAIはそれを「再現できない」。なぜなら、現在のAIは積み重なった「エラー」という偶発性の産物を排除しているからです。

実際、岸氏のアプリのユーザーのなかで、一日6時間もchatboxに話しかける現象も確認されているようです。これはもはやダイアログではないでしょう。ただの独り言です。(もちろん、岸氏もそのことを認識し、その問題解決のために尽力されています)。

何十年もエラーと向き合った経験がない、今生まれた最適化されたAIキャラとのダイアログが、現実の世界でエラーと向き合っている人間に刺さるとは、僕には思えないのです。

 


限界を超えるとき
岸氏のサービスはモバイルデバイスを用いることによって、自助会の物理的距離制約を取っ払うことができています。

あとは、サービスに 偶発性のある人生の文脈 を持たせることが出来れば「自助会の限界」を本当に超えれると思います。

AI と 人間特有の偶発性のある人生 は矛盾しているように見えます。

しかし、AIのキャラが新たに一から生みだす必要はないと思うのです。

AIのキャラを、「当事者」としてエラーしそれを乗り越えた経験という「文脈」をもつ人間をトレースした上で、そのAIキャラが複数存在するチャットボックスで仮想コミュニティを作り、それを複数用意すれば、偶発性のある人生の文脈を再現することは可能だと思われます。

重要なのが、そのキャラが「最適」を目指す必要がないということです。

そもそも「最適」な人間などいません。最適な「人間」とのダイアログなど成立しません。

ユーザーは、「最適」なダイアログを求めているのでしょうか?

そもそも心地よいダイアログというのは「自分自身の努力」なくしてあり得ません。
現実社会で、自分が気持ちよくばっか話せるコミュニティなんてないでしょう。

ユーザーは、複数ある仮想コミュニティの中から一つを選んで、自身で表現し、その中でも最適でない経験をしなければなりません。
人間が必ずしも分かり合えないことを経験しなければなりません。

自助会が複数存在するのもそのためです。
用意されたコミュニティの中で気持ちよくなっているだけでは何も進まない、しかし、コミュニティで疎外感を感じるだけで意味がない、そこでコミュニティを複数用意することでポートフォリオを組むのです。

「当事者」としてエラーしそれを乗り越えた経験という「文脈」をもつAI人間が集まった複数の仮想コミュニティが複数存在すれば、ユーザーはそこから選んで、表現の場を選べば良いのです。

これが実装される時、岸氏のサービスが自助会の限界を超えるときだと思います。

 


終わりに
AIが持つ強みは最適解を取れることであり、人間が人間である理由は「偶発性」にあります。

今後のAIサービスで人間を再現するときには、「偶発性」をどれだけ再現できるか によって本質的な問題解決に解決できるかどうかがポイントになってくるでしょう。

SingularityU Kyotoでは 毎回トピックが変わります。
次回が楽しみですね〜

ではでは、おばんでした。

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