ご挨拶・団体の理念

「ALTER(オルタ)」

我々の目的は単純です。
義務教育以外の選択肢を提供すること。

現在、私が15歳で高校を辞めた時よりは改善していますが、地方では義務教育(進学率から高等学校も含みます。)に行けなくなった人たちを受け入れてくれる場所は限られています。

教育という国家成立の根幹となる大切な木は、実質的に義務教育という一本しか立っていない状況です。

「木」の画像検索結果

その大切な木=義務教育の中でいじめによる自殺不登校引きこもりが発生していることは「社会的課題」としてはトップクラスに解決されるべき問題です。

 

人間の多様性を前提とすれば、年齢が一緒という事実だけに着目して1学年にくじ引きで30人程度を押し込め同一の教育を施し点数をつけることは、多様性とは真っ向から反しています。
加えて、その子供たちの身体拘束時間は朝から夕方までですから、本当は広い世界の中で、そこだけが彼らの「狭い世界」となることは必然と言えます。

世界から嫌われた人間は生きてはいけない。
この広い世界で、世界全体から嫌われるような人間はいません。
しかし、彼らの「狭い世界」では世界全体から嫌われることはあり得るのです。

彼らが本当の広い世界で生きていけるように、私たち大人は、早急に義務教育という「木」以外の選択肢として、オルタナティブラーニングの場を指数関数的に増加させる必要があります。

また、子どもたちは、本来知的好奇心が一番高い段階にあり、既存の知識・ルールに縛られない分、大人より賢いとも言えます。

子どもたちの強い知的好奇心と彼らの経験を補う大人のスペシャリティや寛容さが共有される「オルタナティブラーニング」の場ができれば、そこからでてくる人・モノ・サービスは、今の世界をより良い方向に導いてくれるでしょう。  「プロボノ 画像 フリー」の画像検索結果             

 

義務教育という存在を否定しているのではありません。
義務教育という木しか立っていないことが問題なのです。

比較対象がない為、その一本の木が曲がっているかどうか判断できず、たとえ曲がっていたと分かったととしても選択の余地もなく、狭い世界の中で子どもも、教師も苦しまなければならない。

選択の余地のない教育の場で、授業中に寝る子どもを非難する事はできません。
ストレスフルな子どもたちと向き合い続ける教師の方を責める事はできません。
現教育の問題はソフト(人)の問題ではなくハード(構造)の問題だからです。

義務教育とオルタナティブラーニングは両立するべきであり、かつ、その木が曲がっているかお互いに比べることで高め合うことが出来る存在なのです。

今、一本の木しかない教育の場に、たくさんの教育の木を植える。

子どもたちに、義務教育以外の選択肢を提供するために。

ALTERは在ります。